2008年10月10日

弟よ

「依存症」って言ってしまうと病気みたいなんですが、
ひとって、何かしら行動パターンが同じことを繰り返すってありますよね。
最近、あれこれと心乱れることがありまして、そのことで今日会社のHさんと話をしていました。

その中で、ヒントになることがあって、思わずブログに本音さらしまくりたくなってしまいました。
なので、ある意味くだらないことかもしれないので、スルーしていただいても結構ですよ〜(^^ゞ人から「面倒見がよい。」「世話好き。」「気遣いが出来る。」
と言ってもらえることが多いです。
特に、年下の男の子の面倒をみる、相談にのる、これめっちゃ好きかもしれません。
今までの○十年を振り返っても、結構このパターン繰り返してるかもしれません。

何でだろう?と考えて、Hさんと話をしていてわかったことがあるんですが、
私は「弟依存症」???なのかもしれません。
心の中の問題のひとつに、これが根本的にあるような気がします。

私には2歳年下の弟がいます。弟とふたり兄弟です。
どちらかというとふたりとも、幼少の頃は内向的な子供で、友達と遊ぶより
兄弟ふたりで遊んでいた事が多かったような気がします。

幼少の頃は、親が仲が悪かったりして、兄弟ふたりで結束をしていた事もあり、
他の兄弟に比べるとうちは仲が良かったように思います。

弟は小学校に上がると、悪ガキで有名になってしまい、
友だちとのけんかの仲裁から、怪我の手当てまで、お姉ちゃんは(私)面倒みていました。
さらに中学校に入ると、グレてしまい、結構面倒みるのも大変になってきました。
さらに、社会人になってからも、バイクで事故したり、怪我したり・・・
そのたびにお姉ちゃんは弟の面倒をみてきました。

弟が何かやらかすたびに、頼られるたびに、うんざりするんですが、
何故か、そういう状況にいるときが自分がいちばん充実しているような気もするのです。


・・・・


年月が過ぎ、弟も結婚して家庭を持ち、私もくまおと落ち着いた生活をしています。
今では、「おねえ。」と頼られることもなくなってきました。

それはそれで幸せです。
私が望んでいた幸せは、「弟」ではなく
「兄」のような年上で落ち着いて包容力のある男性との、
自分が甘やかしてもらえるのんびりとした生活なのです。
なのに、何故人の面倒をみたくなってしまうのでしょう。

Hさん曰く。
「ひとって幼少の頃の体験や、生活してきた基盤が根っこの部分にあって、
それはずっとおとなになっても引きずるもの。」

だから人から「面倒見がよい」と言われることも、年下の子に頼られることも、なるほど理にかなっています。
そしてそうしている時が、自分にとってもある意味幸せといえば、幸せなのかもしれないし、
どこかでその行為自体に「依存」しているといえばそうなのかもしれません。


ただひとつ問題なのは、
その人に対して、何かを求めてしまうことです。
人に求めて得られないことは苦しいことだし、だとしたら求めない方がいいに決まっているけど、
どうしても求めてしまうのが人間なんですね。


弟には何も求めません。
お姉ちゃんは弟の面倒をみるものだし、
親からも「お姉ちゃんなんだから、弟の面倒をみてね。」と言われて育っています。
だから、弟がいくら「おねえ。」って頼ってきても、私が弟に求める事はあまりありません。
「たまにはおねえちゃんの話も聞いてよ。」
って言っても、
弟は、ふんふん・・・って上の空で聞いているだけです。
だけど、それでいいんです。実の弟にはそれで納得してしまうんです。


だけど、他人には求めてしまいます。
たまには私の話も聞いて欲しいとか、私のことを気にかけて欲しいとか、
私の言った事に対して答えが欲しいとか・・・そう言ったことです。
それを返してくれる相手ももちろんいるけど、
年下の子にそこまで求めても、得られないことのほうが多い。
なるほど、求める自分が悪いんだって思ってしまえば楽だけど、寂しいです。

弟の面倒をみ続けてきた自分が、年下の子に目をかけてしまうのはもっともなことなんだと、
Hさんとしゃべっていて、少し自分がわかって楽になったけど、
次の段階はどうしたらいいのか難しいです。

何も言わず去るのもよし、いや、それでいいんだろうな。
お姉ちゃんは求めるものじゃないって、
「弟」の立場の人はどこかで無意識にそう思っているのかもしれないしね。
本当はもっと近くで会えて、いろんな話が出来たら、また違うのかもしれないけど、
どうしようすもないことをあれこれ思っても、自分がえらいだけなんだろうな〜。


弟のことでふと思い出したこと。
困った時だけ、「おねえ。」って頼ってきて、
自分が上手くいっているときは、知らん顔。
それでも弟はどこかで自分を信じてくれる、好きでいてくれる。
実の兄弟は無条件でそれを信じられる。

弟が大事故を起こして、九死に一生を得た病院のベッドの上で、
私の手を握り、
「・・・おねえがおってくれてよかった・」
ってぽつんって言った。



私が辛い時期に、買い物に誘ってくれた。
いつもなら私が買ってあげてばかりなのに、
その日に限って、珍しく
「服を買ったる。」
そういって買ってくれたグレーのタートルネックのセーター。
1000円かそこらの安物だけど、十数年たった今でも大事にとってある。



私もその「弟」のような人から受けた優しいメッセージがあるのに、
何故こんなブルーな気持ちになってしまうんだろう。



すみません、愚痴です。殆ど愚痴のオンパレードです。
こんどは明るい話題を記事にしたいな〜。(^^ゞ
posted by モグラン at 17:23| Comment(5) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ここに、本名で書く勇気のないわたしを許して下さい。
人に自分のしたことや言ったことに、応えて欲しかったり
人のやさしいメッセージを素直に喜べなかったり
愛を求めるあまり、受け取ることを忘れてたり
愛をもらっているのに感じることができなかったり
自分という存在の情けなさを思い知るわたしです。

家族とは、「こんなもんだ」って暮らすことができても、
他人には期待してしまう。
モグランさんにどうしたらいいとは、
結局何も言えないコメントになってしまいますが、
ここにも悩める女が独りいますぞ!!と
応援メッセージを送ります。

ところで、わたしのブログに
コメントしてくださってありがとう

でも、ちょっと勘違いをされているようなので
(というかわたしの書き方が下手だったのかも
しれなくて申し訳ないのですが)
長くなりますが、その時わたしが書いたレスを
ここにコピペさせて下さい。

    *    *    *

モグランさん、コメントありがとう!!
モグランさんのブログ、再スタートおめでとう
コメント残そうとしたら、コメント欄がなかったので諦めました。

今は彼と偶然会えることはなくなってしまったけれど
(上の偶然会った話は、去年の今日のことです・笑)

会社の近くの道を彼は通るけど
顔を合わせるのは結構勇気がいるので
後ろ姿を見送るのが関の山の
気の弱いわたしです

神様は忘れることさえ許してくれない

7月に再会した時、彼は笑顔を見せてくれて
わたしの好きな人はこんなやさしい人なんだよ!!って
世界中に自慢したいくらいでした

解からない彼の気持ちを慮って(おもんばかって)
わたしは静かに愛し続けることしかできない
彼を追いつめて二度と会えなくなるような
愛し方はしない…
彼を失いたくないから…

好きで好きで仕方がないのにね
涙があふれてきます
Posted by 琥珀 at 2008年10月10日 21:47
琥珀さん。
ありがとう。
コメント読んで、嬉しくて切なくて、ちょっと泣けてきました。
応えてくれることを期待して、書いたわけでもないけれど、こうやって琥珀さんが応えてくれたことが、身にしみて嬉しく思いました。

まったく自分という存在は情けないです。
うまく言えないけど、久しぶりに失恋した時のような気分を味わっています。
だけど、それでも前へ行かないといけない。
だけど、今はこういう悲しい切ない気分を味わっていようと思います。
悲しいのは、自分の気持ちの持ちよう、ありようをはっきりと自分が見てしまったことなんです。

愛をくれている人、私のことを好きでいてくれる人のために、こうやって応えてくれる琥珀さんのためにもがんばらないとね!

情けないのは自分の思うように応えてくれない人のことではなく、自分の悲しい心のありようが情けなくてたまりません。
他人の事も、自分の家族や兄弟のように無条件に受け入れ、信じることができたら本当に幸せなんでしょうね。

琥珀さんのブログに対するコメント勘違いしていましたね。
ちゃんと理解できてなくてごめんなさいね。
また伺います。

エールありがとう。
本当にうれしかったです。
お互いがんばりましょう。
Posted by モグラン at 2008年10月11日 20:07
しつこくすみません

モグランさんのこのエントリーとコメントを読んで
今年2月から3月にかけて、
愛する彼のことでとても辛いことがあり
それも彼と直接コンタクトがあった訳ではなく
彼に関するあやふやな情報を
伝聞の伝聞で聴かされて
恋心をもてあそばれて
朝なんて来なければいいのに…と
泣き暮らすひと月を過ごした
その時のことを思い出していました。

愛する人のやさしさを信じ切れない
そんな自分を情けないと思っていたこと

その出来事がある迄は、こうやって
会えないまま少しづつ忘れていくんだろうな…
って思っていました。
でも、その出来事があったおかげで
その時はとても辛かったけれど
彼は生涯忘れられない人になり
この恋は生涯忘れられない恋になったのだから
よかったんだって今は思うんです。
その悪夢のような日々から覚めた後
わたしは新しい一歩を踏み出したのです。
ブログを始めたのもそのひとつです。

モグランさんにも
新しい一歩はもう訪れているのではないですか?
ブログを再開したり
小説を投稿したり、されているのですから。

「信じる」こと
愛してくれる人たちを
愛する人を

それには何より
自分を愛さなければ…と思うのでした。
簡単にはできないですけどね(笑)。

では
では

(お返事はいいですよ)
Posted by 琥珀 at 2008年10月11日 23:08
こんにちは。
詳しいことは分からないので上手く言えませんが、あまりご自分を責めないでくださいね。
世の中はいつも持ちつ持たれつで回っているのですから、辛い時にそれを察してくれなければ悲しくなるのは当然です。

ただこれは年齢の違いだけでなく、男女の根本的な違いというのもあるのかもしれませんね。
ステレオタイプな意見かもしれませんが、多くの女性は辛い時にただ話を聞いてもらいたいのに対して、多くの男性は解決法が欲しい時だけ相談してくると言った違いでしょうか。
男性は女性よりも鈍いんですよ。
モグランさん達女性は女性同士であってもそれぞれの個性を受け入れながらお付き合いなさっているでしょうから、それが男性相手となればもっと大きなギャップがあるんだ、ぐらいに思って、元気出してくださいね!
Posted by マスオ at 2008年10月13日 03:18
琥珀さん。

メッセージありがとう。
辛い時期があったからこそ、得られたものは大きくて琥珀さんにとって大事なものなんですね。
ただ辛い渦中の時って、周りが見えないし、先のことなんてわからないから
ただ、ただ辛いだけなんだけど、でもすべての出来事って先につながっているんですよね。

あとになってこれでよかった。よい結果になったんだって、思えることって素敵だし、
そしてそういうふうに思える自分を褒めて、愛してあげたいですね。

まずまず自分を肯定して愛することですよね〜。
だって、自分の事は自分が面倒みてあげないと、誰もみてくれないしね(^^ゞ わはは。



マスオさん。

え〜ん。(泣)お兄さんありがと〜。
めっちゃ嬉しかったですよ。コメント。
よく、くまおにも言われるんですよ。
なにかあると、自分が悪いんだって自分をまず責めちゃうんだけど、それはよい解決法じゃないって。
自分が悪いんだって責めちゃうと、相手に対しても負担をかけてしまうことになって、
相手が謝る事も、お前を責める事もできなくなるんだって、よく怒られます。

男性からこのように男性の心理として、アドバイスいただけたこと感謝してます。
とても参考になりました。
なるほど。そうなんですよね。
男女の根本的な違いもありますよね。
年代の違いもあるだろうけど。

元気出しますよ!
どうもありがとうございました。
めちゃめちゃ嬉しかったです。
Posted by モグラン at 2008年10月13日 10:17
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