2008年10月24日

砂上の城

恋をすること。
人が人を好きになり、
一緒にいる。
それは、人の根幹を成している
人が人である、もっとも大切な部分。


恋をすること、人を愛すること。
時には、自分をこなごなにしたいほど
つらい思いをもたらす時もあるけど、
生きているんだな、
この人といて私は生きているんだなって、
そういう生の素晴らしい実感を
味わわせてくれるものでもある。


それが叶えられないとしたら?

ある日、突然それを奪われるとしたら?


それは、
自分のせいではなく、
自分の落ち度でもなく、
自分が出来うる毎日の営みを
ただひたすら一生懸命にこなして、
ただ、毎日の小さな幸せを望んで
一日、一日、一生懸命生きてきたのに。
それでも得られないものって、
本当にあるんだろうか?



私の大事なお友達に悲しいことがありました。


ふたりのお友達がなくしたものは
同じものです。
そう、たぶん。
形は違えども。


ひとりのお友だちが失くしたものは大きいでしょうが、
それは日々と共に癒えるものでしょう。
また、代わりの何かを見つけることが出来るでしょう。
今日は、そのお友達の話を聞きに行ってきます。


私が、ひどく悲しいのは、
もうひとりのお友だちに対して、
何もしてあげられないことです。
本当に大事な人、恋人や夫、友達、兄弟、
いろんな大事な人に対して、
その人が悲しいときに何もしてあげられないことが
いちばんつらいことです。
自分が悲しいことにあうより、つらいことです。


どんなことがあったのか、
詳しく書くことは、はばかられるので
抽象的なことしか書けませんが、
それでも、書かずにはいられませんでした。


今日、同じように
朝起きて、主人と朝食を取る。
仕事に行って、
また夕食も同じように主人と食べる。
ふたりでテレビを見て、あほなことをしゃべって、
布団を並べて眠りにつく。

そんな普通の日常を、
心穏やかな愛に溢れた日々を
すべての人が普通に享受できる世の中に
何故ならないのだろう。
社会のいろんな不条理なシステムに
憤りを感じます。
誰がそうやって、そんなことを決めたのでしょう。
どうして?
問いかける私の声は小さいです。ひどくひどく、小さいものです。


私たちが、普通に過ごしている日常。
それは、とっても強固な橋の上にかかっている日々だと
誰もが思っているでしょう。
でも、そうじゃないんです。
本当は脆くも崩れ去る砂上の城なんです。
その日々を、一日、一日、感謝し、
こういった穏やかな日々を授けてくれた
先人に感謝の意を忘れてはいけないんです。

私たちが出来る事はそのくらいのことなんです。


でも
あきらめない。
あきらめちゃだめだ。
あきらめないで。

幸せになれますように。
幸せになれますように。
あなたが。

そしてすべてのあなたの仲間が
幸せになれますように。

あきらめないで。
posted by モグラン at 13:33| Comment(8) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
モグランさん、こんにちは
琥珀です


モグランさんの二人のお友達に何があったのか
想像するだけですが
「失う」という辛さを味わったのですね…
わたしの胸も痛みます

前日の孤独についての文章も
こころに残るものでした
両方を読んでの感想です

自分にとって大切なものを失う
そのかなしみ
それを思いました
自分のことを書くのは申し訳ないですが
愛する人が突然目の前から消えて
もうすぐ一年になろうとしている今
書いている今も
「こころがこなごなになりそう」だから
もう忘れなければと言い聞かせるのですが

わたしの
  「あなたのしあわせを
   いつも遠くから祈っています」
その言葉は
あのひとのこころに届いたのでしょうか?

しあわせは
求めるものじゃなく
感じるもの

わたしのかなしみは誰に聴いてもらえなくれも
日々に癒えていくものだから
大丈夫だけど…
会って話を聴いてもらうはずだったけど
その友達にも辛いことがあって
ご破算になった
全く自分のことしか考えれない
情けない自分を思い知ります

モグランさんの
お友達はしあわせですね
親身になって話を聴いてくれるモグランさんがいて

愛に溢れた日々を生きることは
「愛する人と共に暮らす」
という形だけじゃないから、
独りで生きて行くとしても
愛するこころを失わずに生きていきたいです

モグランさんのように
日々に
先人に
感謝して生きることを
わたしはすぐ忘れてしまいます

ありがとう
いろんなことを考えさせてくれて
いろんなことを教えてくれて
Posted by 琥珀 at 2008年10月25日 10:56
琥珀さん。

親身なコメントありがとうございました。
胸の中に大事なものを抱えていらっしゃるんですね。
それはあえてオープンにする必要はないもの。
大事な思いであれば、あるほど、そっと、胸に大事にしまっておきたいものです。
私が思うには、そういった「大事な思い」を抱えている人は、美しいと思います。

一緒にいることだけが、「愛の溢れた生活」とは限らないかもしれませんね。
愛する人と離れても、その人の幸せを祈り、毎日を自分なりに一生懸命生きていく。
愛すること、人を思うこと。忘れずに生きていれば、どんな形にせよ、自分の望む幸せがいつか手に入るんじゃないかな・・と思うし、私の周りの人すべてそうなって欲しいと思うばかりです。

いつも親身なコメントありがとうね〜。
こちらこそ、琥珀さんのメッセージには、いろんなことを考えさせていただいています。
Posted by モグラン at 2008年10月26日 10:09
モグランさん、しつこくごめんなさい

モグランさんからのコメントを読んでいて
ふと、モグランさんとは何処で出会ったんだろう?
と気になって記憶をたどって
いろんなページをたどってやっと見つけました。
higurashizoshiさんのブログのコメント欄で
(わたしも彼女と同じホームシューレの会員なので)
出会ったんですね。


出会いに感謝です。
自分でも予想しなかった所に自分を救ってくれる
出会いが待っている
これだから人生捨てたものじゃないと思うのです。


「生きるって切ないけどいいものだね」
って思いを分かち合える人と
静かな愛をはぐくみたい
それが、今愛してる彼だったら
どんなにいいだろうって思うけれど、
それは叶いそうもない


新しい出会いが欲しいと思い始めているってことは
わたしの中でまた
新しい道ができつつあるってことなのかもと思う
雨上がりの日曜の朝でした
Posted by 琥珀 at 2008年10月26日 10:58
Toshiがまだピチピチの若者だった頃
(今でもピチピチだいっ!部位が違うか?)、
憧れていた通訳の先輩がいたのね。
その先輩から届く手紙の最後の言葉は、
"Love Always."
この一言大好きなんです。
大袈裟だけど、Toshiの人生のテーマなのさ、
「愛」ってやつは。
いつでもすべての場面で、
愛にあふれた行動をしていれば、みんなが幸せになれる・・・
そりゃ、ひとりで出来ることは小さなことだし、
一日に出来ることも限られているけれど、
その小さな一歩を大切に、今を精一杯生きるって
ステキなことじゃないですか。

何かを失ったり、崩れてしまったりしたとしても、
また、新しい一歩を踏み出す気持ちがあれば、
いつも幸せはそこにあるんです。
だから、あきらめないで・・・
Love Always.
Posted by Toshi at 2008年10月27日 01:19
琥珀さん。

出会いに感謝!ですね。

私との出会いが、感謝されるようなたいそうなものなのか「?」ですが(^^ゞ
そうやって言っていただけることに、本当に感謝です!

人との出会いっておもしろいもので、好きな人、大事な人、いっぱいいます。
気持ちが通じれば大変嬉しい出会いなのですが、悲しいかな、そうでないこともいっぱいです。

自分が思っている思いの重さと、相手の思いの重さが一緒だったら、毎日ハッピーなんですがねえ。
でも、そうやって好意をもてる相手がいること自体、幸せなんだから・・・と思います。

友人が私に言ってくれました。
「あなたといると楽だ。」
モグランは自然体だから、一緒にいても楽だといってくれました。
これは大変嬉しい言葉であり、真理でもありますね。


琥珀さんに向けてメッセージです。
「自分が自然体で生きていれば、出会いは必ずある。
自分が好きな自分は、きっと誰かも大好きなはず。」

新しい出会い頑張ってください!!

Posted by モグラン at 2008年10月27日 20:16
Toshiさん。

<(今でもピチピチだいっ!部位が違うか?)
 ↑
あの〜(^^ゞ 
兄貴、相変わらずですなん。
反応していいかどうか迷うとこですが・・・
(どこの部位を想像しているモグランなのでしょう?(^^ゞ)

良きメッセージありがとうございました。
「Love Always」
よい言葉ですね。
「愛」かあ。簡単なようで奥の深い好意ですね、愛ってやつは。
誰に対しても好意的に接するようつとめていますが、なかなか難しい時もあります。
難しいのは、「見返り」を無意識に求めるからでしょうね〜。
「見返り」を求めることじたい、相手にもう執着をしているのでしょう。
本当の愛とは、執着、嫉妬を産まないものなんでしょうか。

毎日、ちょっとしたことでもいいんですよね。
笑顔を向けるとか、挨拶を元気にするとか。

仏教の言葉でも「顔施」という言葉もあります。笑顔でいることだけでも、愛を施しているんですよね!

崩れ去っても、何かを失くしても、
生きていればまた希望に会うこともできますよね。
その時は辛くてわからないけど・・・・

ふたりのお友だちに対しても、今は
「がんばれ!」
なんて言えないけど、
心配している人間がここにもいるんだよ〜って
わかってもらえれば、それだけでも幸いです。

Toshiさん、暖かいメッセージありがとうございました。
Posted by モグラン at 2008年10月27日 20:29
モグランさん、おはようございます。
モグランさんの文章を読んで、何だかグッときています。
大事な人が悲しんでいるのを見るのが悲しい。
私にも経験があります。

>その日々を、一日、一日、感謝し、
>こういった穏やかな日々を授けてくれた
>先人に感謝の意を忘れてはいけないんです。

本当にその通りですね。
私が最近勉強していることにも深く共通することで
ノートにメモメモしました^^
素敵なメッセージありがとうございます。
それからコメントでお見かけした「Love Always」。
素敵です。心に残る言葉ですね。
Posted by Daisy at 2008年11月02日 09:37
Daisyさん。

人の痛みに無関心になれれば、自分は楽なんだろうけどな〜と思う事もあるけど、その痛みは自分とは関係ないとは、なんだか思いにくいんですよね。

Daisyさんのお勉強していることって、どんなことなんでしょう?
でも、それはきっとDaisyさんをもっともっと成長させてくれる素敵な「こころ」のお勉強なんでしょうか?

日々、綺麗な心でいたいものです。
つなたいブログ、いつも読んでくださってありがとう。
Posted by モグラン at 2008年11月03日 15:53
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