2009年05月16日

さようなら

ずいぶん前に、
ある方に頂いたメールの中にこんなことが書いてあった。


「得るものもあれば、失うものもある。
何かを得ていれば、同時に何かを失っていく。
そのさじ加減が難しい。」


調子の良い時には、得ているものばかりが見えて、
調子の悪い時には、失っていくものばかりが見えてしまうけど。

本当は、得たものも、失ったものもたぶん同じ数。


得続けながら、失い続ける。
失い続けながら、何かを手にしている。
きっと。




昔だったら、
もっと若い頃だったら。

ポケットの中のコインが無くなるまで、
疲れ果てて歩けなくなるまで、
旅を続けただろうけど、
今は、
家の明かりが見えるうちに、
陽が落ちてしまう前に、

家に帰ろうかな・・・と思ってしまう。


だから、この旅もこれで終わり。


本当は悲しいけど、本当はさみしいけど。
だけど楽しかった旅の日々は、もう二度と帰らない。




ブログを閉鎖することにしました。


ブログをやっていて、
いろんな方と知り合えて、交流ができて


本当に楽しかった。


とても良い経験ができて嬉しかった。



みなさん、ありがとう。
心から感謝しています。

お付き合いありがとうございます。

またどこかでお会いできたら。
嬉しいな。

いろんな暖かい言葉をありがとう。

どうかお元気で。

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2009年04月23日

惜しまれる人

先日、会社のお客さんが亡くなった。

腰の低い物腰の柔らかないいおばさんで、
身体が悪く透析を受けていた。
話を聞くと、
ひとり暮らしで年金生活。

おばさんはひとりひっそり生きていたらしい。


おばさんは、街の中心にある病院へ透析を受けに来た折に、
集金に寄ってくれと言う。

それで病院の待合室だの、病院が終わった後に
おばさんがお茶を飲んでいる喫茶店だのに、
時折集金に行った。


おばさんは、世話をかけてすまないと
いつも私にチョコレートを買ってくれたり、
喫茶店にいれば、コーヒーを飲んでいってくれと、言ったりする。
(これは職務中なのでお断りしたが・・)

そのおばさんが先日亡くなったと聞いてショックだった。

会社でも、

「腰の低いいいおばさんだったのにね〜。」

「まだそんなお年じゃなかったのに、気の毒にね。」

と話していた。




良い人というのは、亡くなってからも惜しまれるものである。


家族、親戚、友人はもちろんだが、

こんな年に1回かそこらお会いするだけの
しかも集金で行くだけの人間に覚えておかれ、
死を惜しまれるなんて、やっぱりいいおばさんだったんだな〜と思う。



後世に名を残さずとも、
偉業を成し遂げなくとも、
莫大なお金を稼がなくとも、



おばさんのように


誰に対しても優しく、丁寧に接し、
笑顔を残したい。


おばさんのように、

いろんな人に
死を惜しまれるように

生きてみたい。
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2009年04月17日

父来る

父来る。

実家の父がやってくる。


庭師をしている父は、時折こちらに仕事があるとやってきては、
墓参りをし、うちへやってくる。

婚家には義父がいるので、
遠慮してあがってご飯を食べていったりはしないので、
今回も挨拶には訪れるが、早々に退出し、連れて食事をしにいった。

それでも、無骨な父がケーキなどを手土産に、
義父に挨拶にくるところなんか、

「おとうちゃん、ありがとね〜(*^_^*)」

なんて、感じで・・・

親のありがたみを感じたりするひとときである。

ということで、


白鳥の某和食レストランへ・・・・・


白鳥へ抜ける街道には、

今が満開の桜や、桃やボケの花などが咲き、
ピンクや赤で色とりどりでとても綺麗。

田舎道を走る車窓から父が顔を出し、

「綺麗やな〜。この辺も道がようなったな。」

と喜ぶ。

ココ最近はあまり連れて出歩くこともないので、
たまには親をこうやって連れて出ないといかんなあと思う。


レストランでゆっくり食事をし、
いろんな話をする。

実家へいったおりに、一緒に食事をすることもあるが、
たまには外でこういったよそゆきの雰囲気で食事をするのもいいね。


父も気を使ってか、あれこれと話をし、私も話をする。


年老いた父親を見て、時々思うのは、
ひとり暮らしの父が心しているのは、
嫁いだ私にあまり心配をかけないようにと、気遣っていることである。

父が以前話したことは、
子供にあまり心配をかけないこと。
自分で自分のことはすること。

それが子供に対する孝行であるということである。

確かに、
ひとり暮らしとはいえ、ちゃんと生活してくれているので、
安心して私もこちらで生活できるし、
ホントありがたいな〜といつも思っている。


だけど、
こうやってやってきて、
帰り際、
ひとりポツンと車に乗り込む父の後姿を見て、
ああ、ひとりにしておいて可愛そうだなと思ってしまう。

だけど、
ひとりでちゃんと生活できているということが、
父の自負であり、プライドであるということが
私にも父にもわかっているのである。
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2009年04月11日

知らぬ間に桜がほぼ満開になっていた

いつもの散歩道
川沿いの桜を眺めて歩く


その薄桃色のはかなげな花びらに
そっと触れるとき

それは好きな人の頬に
遠慮がちに手を伸ばした時の
ときめきにも似て


DSCN3111.JPG


指先がくすぐったいような
心が震えるような

風に乗り揺れる
その薄い花びらの動きにも似た
恋する気持ち

不確かで
抱きしめないと消えてしまいそうで

だけど
抱きしめると壊れてしまいそうで
恐くなる


DSCN3106.JPG


この気持ちを
いつまでも抱いていたい
いつも恋をしていたい

いつも
こんな気持ちに
胸を躍らせていたい
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2009年02月18日

愛おしむ

違う道を歩いている。
違う状況の中を生活している。
出会う人、出会うこと、それぞれ。


ある日、交差する道。
過ごした時間。
楽しく、有意義で嬉しい時間。


その時間、
その時に集中する。

その時間を楽しむ。



ある人の言葉。
いっぱいのお茶を飲もうとする。
ふと、そのことから心が離れている。
すると、お茶を飲もうとした時、
もうすでに自分の手の中のお茶はなくなっている。



私たちの手の中からすり抜けていくのは、
いっぱいのお茶を楽しむ時間。



その過ごした時間に、意識を残しても、
一緒に過ごした人に意識を残さない。

残さないようにしている。

その時、その時が充実していればいい。
いとおしむのはその時間。

その人に心を残さない。

残さないようにしている。


・・・・

あとで、自分が辛いから。


さて、そろそろ進もう。
一歩だけ前へ。


大好きな浜田省吾の歌の歌詞にある
こんなひとフレーズ。

人は去り、人は来る。
でも、気づけば道しるべのない道にひとり。
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2009年01月28日

ハートをつなごう

昨日見たテレビのこと。

NHKでやっていた「ハートをつなごう。」
LGBTの人たちのことをやっていて、石川さんが出演しているので、

おおっ。これは見なければ・・・
と思って、珍しくテレビの前に座るモグラン。
(だって、ふつ〜、あんまりテレビって見ないんだもん。だから芸能人とか全然わかんない(笑))


レズビアンの人のことがやっていて、
ひとりの人は、中学生の頃から自分は皆と何か違うぞっ?って思ってたんだって。
でね、「女の子しか好きにならないの。」ということを親に話してもわかってもらえず、
段々自分を否定するようになったの。
で、リストカットしたりして、そのうちもう死んでしまいたいって思ったんだって。

それで、高校生の時、その子には一番の親友がいて、その子に話してみようって・・・
もし、彼女に否定されたら死んでしまおうって。
でも、そのお友だちは彼女のことを肯定して受け入れてくれたのね。
少しずつ自分を受け入れて、前向きに生きていけるように彼女はなったんだけど。

リストカット・・自分を傷つけてしまう、自分で自分を否定する。
いちばん辛くて悲しいことだよね。


モグランも見ていて胸が痛くなりました。
どれだけ周りの人がわかってあげられるかだよね。
ひとりでもわかってあげられたら、人って救われるんだもんね。



もうひとつはレズビアンのカップルの生活。
そのひとたちは、周りの生活に馴染もうと、近所の人に挨拶したり、地域の活動に参加したりしてるんだよ。
人に対して働きかける・・・って、ホント大変だと思うし、勇気がいることだよね。
私にはそういう生き方は出来ないかも?
人を信用しないと出来ないことだし、自分を確立して、自分を信じてあげないと出来ないことだと思うから。
彼女たちはえらいな〜って、ホント単純に思っちゃいました。&周りにそういう人たちがいたら応援したいよね。



くまおもやってきて、ふたりでテレビを見る。


モ 「あ〜。この人だよ〜。」

く 「何が〜?」

モ 「年賀状もらった人〜。」

く 「ふ〜ん。」


モグラン石川さんが見れて興奮。


く 「で、彼はゲイなの?」

モ 「そうだよ〜。」

く 「あの人は?こっちは?」

モ 「たぶん、石田衣良さん(作家・ゲスト)以外はみんなゲイだよ〜。」

く 「いつからゲイなの?」

モ 「生まれつきだよ。」



ゲイって途中から自分の意思でなるもんだと思っているくまお。


モ 「だから、いろいろ悩むんだよ〜。」

く 「ふ〜ん。」


く 「何で皆スカートはいて、化粧してないの〜?(男性陣を見て。)」


モ 「だから〜、それはね〜・・・・(^^ゞ」


またまた最初から説明。(何回目だよ!LGBTの人たちの説明するのっ!)




こういうテレビを主人と見て、あれこれと語り合える。
すごいな〜。くまおもだいぶ頭が丸くなったぞよ。
くまおもちょっとでも問題意識を持ってくれたなら、それはそれで嬉しいし。
が、ここまで来るのにちょっとしたバトルもあったのも事実。
くまおがLGBTの人たちに差別意識を持っているわけではないのだが、

よくいろんなことわかんないし〜。
俺んちの奥さんって、どんな世界にいっちゃうの〜??
みたいな不安があったみたい。

でも、今はだいぶモグランに教育されておりますし、


・・・・・・


やっぱり大事な人には、大事に思ってることってわかって欲しいじゃないですか。
誰も泣かないで、誰も辛い思いをしないで、みんなひとつの輪になりたいよね。
モグランは、そう思っています。
posted by モグラン at 19:22| Comment(4) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

メインテーマ

ちょっと前の事なんですけど、
このブログに来て頂いて、お知り合いになったブランデルブルグさんから荷物が届きました。

DSCN2971.JPG


海外在住の彼は、ライターさん。
書くことが好きなモグランの、憧れの職業ベスト5に入るライターさんである彼は、
モグランにとって雲の上の憧れの人。
書かれた記事を読みたいですぅぅぅ〜≠ニおねだりしたところ、
彼の記事の載った雑誌のバックナンバーを送ってくださいました。

メールの返事もすぐに書いて頂けるし、この荷物も速攻で送って下さり、
てきぱきと事に当たるところや、物事、人に対して誠実に接するところなど、
プロとしてやっていける人って、こういう人なんだな〜と感心するばかりです。


海外のライターさんって、執筆だけじゃなく、取材からコーディネートまですべてをやられるそうで、
いろんな事に対応できる機敏さや、柔軟性も必要なんでしょうね〜。


「表現できる。」
どんな形にせよ、「表現できる」って、大きな喜びです。
人によっては、書くことであったり、歌うことであったり、踊ることであったり、
仕事で実績をあげることであったり、いろいろですが、
自分を(自分の作ったものを)表現できるということは、
自分のアイデンティを認めてもらえることに近いのかな〜と思う時、
人生においてすごく充実感を覚えるものであり、それって、生きているという実感を得ることが出来るんじゃないかな。

しかもそのことが、世の中や人の為になることに繋がったら、とても素敵なこと。
人が喜ぶのを見るって嬉しいですよね。
人を喜ばせるってことは、人間にとって最高の喜びだと思います。

どうしたら喜んでもらえるのか、役に立つのかっていうのは、
いろんなパターンがあるから難しいけれど、それでも思いやりや愛を持ってすることなら、
だいたいOKもらえるんじゃないかな?
だと、いいね。



プロの仕事に対する姿勢って、その仕事で利を得ることのみに執心していないんですよね。
もちろん人間は食べていかないといけないので、お金を得ることは不可欠だけど、
己の利だけを考えて仕事をしない、そのことが人や世の中に役に立てばと、奮闘する姿勢が
プロとして仕事にあたるっていうことなんだよね〜と、彼と話ししていて、そう思います。

記事のコーディネートも、書かれている文章も、洗練されていて素敵だし、
読んでいる人を引きずりこむような記事が書けるのが、ホントプロなんだよね。

手書きのカードも届きました。
手書きの物って、何より嬉しい。
筆跡には、誰一人として同じものはない、その人自身のオリジナルだし、
書いている時は、宛てた人のことを考えているってことでしょ。
とても素敵です。


ブランデルブルグさん、ありがとうございます。
これからもご活躍、期待してますね〜。



人にとって、
仕事って、その人生に通ずる大きなメインテーマだよね。
それによって、納得のいく充実した生き方が出来るっていう部分は大きい。
自分にとって、仕事って何だろう?なんて、
考えてみるモグランなのでした。
posted by モグラン at 10:19| Comment(9) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月03日

大我さんからの答え

みなさ〜ん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
みなさんにとって、実り多い良い年になりますように!

今年は思いも寄らぬ方からの賀状が何通か来て、
ひととのつながりの大事さを実感した年始めになりました。
その中でも、最高に嬉しいものがありまして・・・・


新年早々、とても嬉しいことがありました。
本当に思いも寄らぬ方からの年賀状が届きました。
その方のお名前は、石川大我さん。

昨年の1月、大我さんの本「僕の彼氏はどこにいる?」を読みました。
図書館で偶然に出会い、そのタイトルと表紙とお名前を見て、
すごい!実名で顔も公表して、自分の事をこんなに赤裸々に語ってるなんて、
なんてすごい人なんだと思いました。
半日であっという間に読み終えて、その日の内に本を読んだ感想を書き綴ってポストに入れました。
その本の感想を言葉にすると、ひどくありきたりな表現になって、
自分の思いとはちぐはぐになりそうなので、あえて書きませんが、
すごく心を打たれた何かがありました。


大我さんに「孤独」と「誇り」を感じました。



その後、東京へ所用があって出掛けることがあって、
その時間の合間を縫って大我さんに会いに行きました。
これは会うことは出来ませんでしたが、
会いに出かけたこと、その場に行けたことが嬉しくて、又手紙を書きました。

それから1年経って、まさかこんな形で返事が来るとは思いもしませんでした。

私は大我さんにYES≠ニ言って欲しかったんです。
ゲイの人、セクシャルマイノリティの人を応援したい、仲良くしたいと思ったことに対してです。
今から思うと、あの頃は「応援したい」とゆう、言い変えればみんなとどこかで線を引いていた、
上から見ていたような気がします。
もしかしたら失礼な事を書いたのではないかと、今思うと顔から火が出る思いですが、
だけど、私は大我さんを始め、彼らからいっぱい大事なものをもらっている、
いっぱい知らなかったこと、知らなければならないことを教えてもらっている。
支援しているのは私じゃない。
私はみんなから与えられている、頂いている。
感謝でいっぱいです。

そして、大我さんに仲間だ≠ニ言って欲しかった。
垣根隔てなく、思いを同じくするもの同士、一緒なんだよって。
他の誰でもなくあの方に言って欲しかったんです。


1年経って、手紙を出した事をよく覚えていて、賀状を下さったものだと、感心しました。

宛名も手書きで、自筆のメッセージがありました。
それには私が欲しかった答えがありました。

一緒に
そのメッセージには一緒に≠ニいう言葉がありました。
なんていい言葉なんだろう。
一緒に

大我さんにYES≠ニ言ってもらえた。


夢を持つ人がいて、その夢を支援する。
そして、自分も夢を持っている。
いつか同じステージに立てたら、どんなにいいでしょう。
夢は人を大きくします。
人に、豊かな生きる礎を与えてくれます。

夢って叶うんだ。
思い続けて歩いていたら。
回り道をして、角にぶつかって
それでも思いを捨てなければ
きっと夢って叶うんだ。


自筆のメッセージ、大我さんの筆跡を何度も何度も読み返した。
手書きの言葉には体温≠ェある。
手書きだから感激もひとしお。
彼の筆跡に、体温を感じて、胸が暖かくなった元旦でした。
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2008年11月14日

あの星を☆

星空なんてだいぶ長い間見たことなかったな〜。

最近のモグランのマイブームは
星空を見ることです。


忙しく立ち動く日中が終わり、日が暮れて夜がやってきます。
ふと足を止め、夜空を仰ぐ。

寒くなってくるとまた綺麗に星空が輝くのです。


冬、寒い夜中、ピーンと張り詰めた空気の中で、
眺める星空はまた格別。


冬の夜空が好きです。
白い雪の原が広がる様も好きだし、
雪が所々残った山をゆっくり登ることも好きです。
このブログのタイトルからしても、どうも私は「冬」が好きみたいですね。
今まで、初夏が好きだと思っていたのですが・・・


夜、眠る前に家の裏手に出て、裏山の真上に広がる夜空を眺めるんです。
人々が寝静まって、灯りが消え、辺り一面に静けさが広がっています。
星々がひかひかと瞬きます。
星がその身を揺らすように光を放ち、瞬くさまをみると、心が震えるのです。
星座については詳しくないので、北斗七星とオリオン座くらいしかわかりません。
ああ、今日は北斗七星が綺麗だなあ。
あんな小さな星までも、じっと目を凝らすと見えてくる。


少しの間、そうやって星を眺めて眠りにつくと、
なんともいえぬ心が平穏に満たされて、楽しい気持ちで眠りにつくことが出来るんです。



そう、星を眺めると、この身も宇宙の一部なんだと実感して、どこか安心するんでしょうね。


顔も知らないお友達、海の向こうに住んでいるあなた。
お会いすることは出来ませんが、
どうでしょう?
気が向いたらあの北斗七星を一緒に見ませんか?
あの星を・・・・

唯一無比の存在。
あなたが眺めるあの星を、私も眺めます。
あなたと繋がるような気がします。
それだけで嬉しくなってしまうのです。
posted by モグラン at 19:35| Comment(12) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月08日

人の意識

昨日かなぁ、出勤前にテレビをつけてたら、
ニュースの中で、
アメリカのカルフォルニア州って同性婚が出来るようになってたのに、
住民投票で反対派が多くて、52%かな?
で、可決されちゃったんですよね。

詳しい事はよくわかんないんだけど、ポリポリ・・(^^ゞ

オバマさんが新大統領になって、
新しい風が吹いてきたのねんっ・・・
なんて、喜んでたらこのニュース。

おまはん、日本人だべ?
って突っ込まれそうですが、
いや〜、何かとアメリカと関係が深い日本。
アメリカの政治動向なども注目すべきだっぺよ。

でもオバマさんの言う「チェンジ」も
なかなかスムーズにはいかんもんだっぺよ。
と、ちょっと悲しくなってしまいました。

何故認められないのかな?

同性同士の結婚が認められる。
つまりその人たちの権利が認められるって事なわけで。
何故それを反対されるのかな?

私が誰かに
「おまはん、女と結婚しなはれっ!」

と言われても、ぜ〜ったい無理やん。
それと同じことでしょ。
彼らに異性と結婚しなはれっ!って言うのと。

人が人を愛する事は素敵なことやし、
誰かとそうやってつながって
みんな生きてるんでしょ。

だったら、誰が好きやいうことなんか
関係あらへんのやないかなぁ。

同性が同性を好きで何が悪いねん。

って思うけど・・・

趣味とか嗜好の問題やないし、
その人が持って生まれたその人自身のありのままやん。
それを認めへん社会って変やな。


もちろん、反対する人の中には宗教的な問題もあると思うんやけど、
詳しいことはわからへんけど、
クリスチャンは同性愛を禁じてるらしいね。

私の友達にクリスチャンがふたりいるけど、
彼女らはそれは、宗派が決めてることで、自分の意思はそうやないって言ってました。
LGBTの人たちにフレンドリーな友人らです。

ふたりのうちのひとりは学校の先生で、
自分が人と違うんやないかって、
何で異性に意識がいかずに同性に意識がいくんやろって
悩みだすのは思春期になってからが多いみたいで、
学校にもそういう子がいたんだって。


でもそういう子って誰にも悩みを言えずに、悩んで苦しんで。
しかも、みんなからそういうことで多かれ少なかれ差別されたり、
いじめられたりするんやってね。

彼女は、そういう生徒の一人と仲良くて、
その子の話をよく聞いていたんだって。

でも、それってその子にとっては、
そういうことを話せる大人が身近にいるって、
すごい安心できる事だよね。


人の意識って大事だよね。
ひとりひとりが、世間の流れや思惑に惑わされずに
自分はこういう考えですってしっかり持っていて、
世の中に向けて発信する事って大事なんだよね。




ジョーもおもしろいひとで、
彼は脚本を書いたり、映画を撮ったりする人で、
このあいだあるオーストラリア人と話をしていた時、
映画の話をしていたんだって。
彼が、その人に
オーストラリアで作られたゲイムービーの話をして、その映画が好きだといったら、
オーストラリア人は顔をしかめて、
ゲイは嫌いだって、言ったんだって。


それをジョーは理解できず、
「ゲイピープル大好き!ゲイムービーのどこが悪いねん。」
って。
NY出身の彼は、ゲイの友人も多く、彼はとても彼らに対して友好的である。

あまりの友好的な態度に、
私とN子ちゃんは、
ジョーもひょっとして・・・?(^^ゞ
なんて疑惑まで抱いていますが・・・

わはは。



最近思ったのは、
世間一般でいわれているLGBTの人に対する偏見って、
もの凄い多数のことなのかと思っていたら、

私の周りの人たちはこんなんで、

好意的で、普通のことって認識してるひとたち結構います。

ひとりひとりの意識って、聞いてみないとわかんないもんなんだな〜ってこと。

こんな話したらモグちゃん変やねん。
って思われるかと前は思ってたけど、
今は全然平気だし・・・・


中には、
LGBTの人たちって、ようわからんし恐いやん。
って言われた人もいましたよ〜。

ちょっとへこみましたが、
それって人の意識っていろいろやし、しょうないもんね。


それを別の友人に言ったら
「何が恐いねん。変なこと言うね、その人。」
って言われたこともありました。


何かいてるんか、よくわからへんようになってきたけど、

何が出来るかとか、何か変えることが出来るのかってことは、
たぶん自分の思いを人に伝えること。
同じように思ってる人って結構いっぱいいるんだなって、
嬉しくなるから。


そう思ってみんなにも頑張ってほしいな〜。
posted by モグラン at 20:52| Comment(6) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月24日

砂上の城

恋をすること。
人が人を好きになり、
一緒にいる。
それは、人の根幹を成している
人が人である、もっとも大切な部分。


恋をすること、人を愛すること。
時には、自分をこなごなにしたいほど
つらい思いをもたらす時もあるけど、
生きているんだな、
この人といて私は生きているんだなって、
そういう生の素晴らしい実感を
味わわせてくれるものでもある。


それが叶えられないとしたら?

ある日、突然それを奪われるとしたら?


それは、
自分のせいではなく、
自分の落ち度でもなく、
自分が出来うる毎日の営みを
ただひたすら一生懸命にこなして、
ただ、毎日の小さな幸せを望んで
一日、一日、一生懸命生きてきたのに。
それでも得られないものって、
本当にあるんだろうか?



私の大事なお友達に悲しいことがありました。


ふたりのお友達がなくしたものは
同じものです。
そう、たぶん。
形は違えども。


ひとりのお友だちが失くしたものは大きいでしょうが、
それは日々と共に癒えるものでしょう。
また、代わりの何かを見つけることが出来るでしょう。
今日は、そのお友達の話を聞きに行ってきます。


私が、ひどく悲しいのは、
もうひとりのお友だちに対して、
何もしてあげられないことです。
本当に大事な人、恋人や夫、友達、兄弟、
いろんな大事な人に対して、
その人が悲しいときに何もしてあげられないことが
いちばんつらいことです。
自分が悲しいことにあうより、つらいことです。


どんなことがあったのか、
詳しく書くことは、はばかられるので
抽象的なことしか書けませんが、
それでも、書かずにはいられませんでした。


今日、同じように
朝起きて、主人と朝食を取る。
仕事に行って、
また夕食も同じように主人と食べる。
ふたりでテレビを見て、あほなことをしゃべって、
布団を並べて眠りにつく。

そんな普通の日常を、
心穏やかな愛に溢れた日々を
すべての人が普通に享受できる世の中に
何故ならないのだろう。
社会のいろんな不条理なシステムに
憤りを感じます。
誰がそうやって、そんなことを決めたのでしょう。
どうして?
問いかける私の声は小さいです。ひどくひどく、小さいものです。


私たちが、普通に過ごしている日常。
それは、とっても強固な橋の上にかかっている日々だと
誰もが思っているでしょう。
でも、そうじゃないんです。
本当は脆くも崩れ去る砂上の城なんです。
その日々を、一日、一日、感謝し、
こういった穏やかな日々を授けてくれた
先人に感謝の意を忘れてはいけないんです。

私たちが出来る事はそのくらいのことなんです。


でも
あきらめない。
あきらめちゃだめだ。
あきらめないで。

幸せになれますように。
幸せになれますように。
あなたが。

そしてすべてのあなたの仲間が
幸せになれますように。

あきらめないで。
posted by モグラン at 13:33| Comment(8) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月23日

いつもそこにいますからね。

そうか。気がついてあげられなくてごめん。
今どこにいる?
何を悩んでいる?
ひとりで大丈夫ですか?


”ハッシュ!”や、”二十歳の微熱”などの映画を撮った
橋口監督の本にいいことが書いてあった。
彼は本当の「孤独」を知っている。
その言葉を読むたびに、胸が痛くなる。


”僕はよく思うんだけど、「もし、小さい頃に一度でも誰かに
死ぬほど抱きしめられて『ああ、いま僕は愛されているんだな。』
という実感が持てていたら人生変わってたな」と。”


優しい人っていうのは、痛みを知っている。
孤独を嫌というほど味わって、自分という異質の存在を
受け入れたくて、受け入れることが出来なくて、
それでも自分と対峙する事をあきらめずに歩いてきて、
そして、人との距離に敏感に反応しすぎて、
それでも人が好きで、その狭間で狂うほどの痛みを味わった人は・・・


私は「孤独」を知らない。
そう、知らないはずだ。
立派な親ではなかったが、両親は揃っていた。
私は二親がいる複雑な家庭環境にいた。
でも、どの親も、出来るだけの愛情を注いでくれたんだって、
今でも信じている。

兄弟もいる。
友人も。
胸の内を話すことが出来る友人がいる。
だから、
「孤独」を知らない。
知らないはずなのに、何故か孤独を語る人に、
深く思い入れをしてしまう。
その孤独と、そして孤独な人が持つ「誇り」に
胸が痛くなる。

パートナーがいる。
だけど、パートナーといても孤独を感じることはある。
それはきっと誰にでもあることなんじゃないかな。

自分の中にある「孤独」とか、自分が対峙していかなければならない「自分」は
他の誰かには、はかりしれないし、触れることすら出来ないんじゃないかと、思う。



私はあなたの孤独や、胸のうちにある人に対するわずらわしさを
気がついてあげられなかった。
ごめん。
自分の思いを押しつけてごめん。

大丈夫ですか?
きっと大丈夫だね。


いつも

あなたに日が照る時も、
日が翳る時も、
同じ場所に私はいます。

いつもそこにいますからね。



橋口さんの本の中から、私がちょっと感激した一節を。

”人は生きていても死んでからも、人との関係の中でしか生きられない存在。

他者という未知で恐怖を抱かせる存在とつながろうとする勇気。
それは面倒かもしれないけど、ときに他者という”人”は、僕たちに
もう一度空を見上げてみようと思わせてくれる唯一無比の存在なのです。”


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2008年10月17日

私を埋めつくす諸事

日常は否応なしにやってくる
いくつかのメール
何本かの電話
スケジュール帳を埋めつくす予定

朝起きて
ご飯を食べて
仕事をする
家族のために家事をする
合間に友だちとランチ
いろんな会やいろんな集まり

心にかかること
日常の忙しさに紛れて
見ないようにしていれば
それでいいのだろうか
ふと思う

手に余るほどのいっぱいの予定
いろんな人との会話
心を通り過ぎていくたくさんの諸事が
私を埋めつくす
それは一時
私を助けてくれるけど
疲労していく
身体が休みたいね・・・
って言っている

そんな日々の中で
可愛らしい年下の友人が
「毎週あなたに会えるのが楽しみです」
とメールをくれた

素直な人を疑わぬ
彼女の優しい心根に
ひらりと
何かが
胸の内から
落ちていく
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2008年10月10日

弟よ

「依存症」って言ってしまうと病気みたいなんですが、
ひとって、何かしら行動パターンが同じことを繰り返すってありますよね。
最近、あれこれと心乱れることがありまして、そのことで今日会社のHさんと話をしていました。

その中で、ヒントになることがあって、思わずブログに本音さらしまくりたくなってしまいました。
なので、ある意味くだらないことかもしれないので、スルーしていただいても結構ですよ〜(^^ゞ続きを読む
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2008年08月20日

変化する関係

昨晩、ふと思いたって昔のアルバムを見ていた。
お友達との旅行や、いろんなところへ出かけた写真。

いろんな人が写っているが、この中のどれくらいの人が
今でも行き来しているだろう?

毎日のように会っていた友達でも、今は年賀状のやり取りくらいしか
行き来がない人もいる。

そのうちのほんの2〜3人だよ。
今でも連絡取り合って、時々会ったりしている友達なんて。
結婚したりして、お互いの環境が変わったりすると、
疎遠になるのは仕方ないけど、
寂しいかな〜。

つきあいって、その時の状況や住んでいる場所、
いろんな要素が重なって変化していくもの。
だけど、変わらないつきあいもある。
だけど、それはホントにわずか。

今、大事に思っている友達でも
いつまで時間と空間を共有できるだろう?
そう思うと、なんだか切ない。

くまおの結婚前の写真が出てきた。
ふたりで南知多へデートした写真。
5年前も、今も変わらず隣にいる人。

これからも、ずっと・・・
長く、長く友達であり、パートナーでいてください。
本当にだんなさんか、兄弟くらいだよね。
疎遠にならずに、とういか疎遠になりたくてもなれない関係って。
ああ、ありがたい。ありがたい。
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2008年08月07日

山の稜線が

今朝の山の眺めは最高だった。
180℃広がるパノラマ。
木々の形から山の稜線までのひとつひとつがくっきりと見えて、
山の上の鉄塔の形までもがはっきりと見える。
白い朝もやが山の中腹から吸い込まれるように、
薄いペールブルーの空に立ち昇っていくさまは、
本当にすがすがしくて美しい。
夏の景色だなと思う。


焼岳.jpg


でもこの景色を30分後に見ることが出来るだろうか。
いや、30分後にはもう山は姿を変えている。
人も自然も時間もすべて流れている。
その流れの中で僕たちは生きている。
この瞬間に立ち会うこと、
この目にその美しい景色を焼きつけること。
爽やかな生まれたての朝の空気を肌で感じること。
時を同じくして出会えたものすべてを感じるとき、
生きていることを実感する。


朝.jpg


だけど、その30分後にはもうすべてが流れ去っている。
言葉も同じ。
その時、その言霊を拾えなければ、
もう後でどんなにその言葉を探し迷っても、
もう得ることは出来ない。
永久にその言葉はもう僕の手から離れてしまっている。



だから、
言葉を拾うということは、自分にとってはとても大事なこと。
posted by モグラン at 10:00| Comment(5) | TrackBack(1) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

恋する気持ちと

遠くにあるものに憧れる。
胸の中にしまって、誰にも言わずに。
そこに行き着くために、
毎日、想いと言葉と行動を積み重ねていく。
少しずつその場所へ近づくために。

その人が笑ってくれたらいい。
少しでも思いが一緒だったらいい。

何か思い続けるものがあって、
そのことがずっと胸の中にあって、
それは誰も知らない。
自分だけの宝物。


不思議なのは、
夢は自分で引き寄せているということ。
いつか叶うと。
その思いに賛同してくれるかのように、
周りが動いてくれる。

こんな気持ち、
恋する気持ちとどこか似ている。


posted by モグラン at 14:57| Comment(7) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月08日

最近のマイブーム

いきなりですが・・・



これ、最近集めてるんです。

DSCN2461.JPG

伊右衛門のお茶についてるんですが、ホントにちっちゃい鏡と、
巾着のセットで、1月から12月まであって、鏡の模様が違うんです。

DSCN2463.JPG


くまおに
「お茶買うんだったら、伊右衛門買ってよ〜。」
と言ったら、結構まめに覚えてて買ってきて、鏡をくれます。

(さりげに、ノロケ・・・? 石投げられそう??(^^ゞ)


で、昨日の朝、出社すると
デスクの上にお菓子がひと箱。

「?」

なんと!
(商品名は載せられませんが)某菓子メーカーが出しているパイ菓子で、


商品名が、


・・・・  ○○○ 3文字


私と同じ名前・・・・


すごい!!

自分と同じ名前のお菓子って、
イヨウ〜、ビミョ〜。


社長がパチンコの景品でもらってきたらしく、

「○○ちゃん(私の名前)のお菓子がある〜!ってびっくりしてもらってきたよ〜。」

と。


すごい、社長ありがとう(*^_^*)


で、このお菓子、とても美味しかったです。

(共食い、共食い(^^ゞ)

さあ、モグランの本名はなんでしょう?
バレバレ??
わかった人がいてもシークレットだよん。
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2008年06月19日

「カミングアウトレターズ」を読んで

私は当事者でもないし、その家族でもない。
だから、あまり関係のないことかもしれないし、と思いつつ
興味があった本なので読んでみました。
人と人との関わり。他者を受け入れる優しさとその葛藤。
読んでみていいこと書いてあんなあ・・と感激。
LGBTとは関係のない人たちにも、いろんな人生から教えてもらう事も多いんじゃないかな。
広くいろんな人に読んで欲しい。

私は昔、ある友人にカミングアウトされたことがある。
女の子だったけど、彼女が当時つきあっていた恋人は女の子だった。
その時の私たちっていうのが、ほんとーに、ふつーで、
びっくりするくらい何も変わらなくて(私たちの関係が)
彼女自身が、人間的な魅力溢れる明るくてあっけらかんとした人物だったので、
特にシリアスになるふうもなく、反対に興味心身だった私は、
どんなところへデートに行くの?∞お互いなんて呼び合ってるの?
とかあれこれ聞いて、女の子ふたりがお互いの彼氏の話で盛り上がるが如くである。

彼女の彼(おなべちゃんだったので結構カッコいかった(^^ゞ)の写真も見せてもらったし、
ふたりでラブラブなところを撮った写真も見せてもらったが、やっぱり、
私の中ではふつーだった。

だから、この本を読んで、カミングアウトする人の悩みや苦悩、それを受けた人の
悩み、葛藤が想像を少し超えていてびっくりした。
でも、大事な事は、カミングアウトするとゆうのは、その人が真剣に自分の人生と
むきあっていることだと思うし、相手を信頼して、その人との関係を新たに確かなものに変え、
継続していこうとする意思だと思う。
だから受け取る側の人は、それが一過性の告白として通り過ぎたりせず、相手を受け入れ、
ちゃんと相手と向き合って欲しい。
もうひとつつけ加えたいのは、カミングアウトする、しないはその人の自由だし、
そうしない人の意思もちゃんと尊重したいと思っている。
広く一般的にというより、自分を取り巻く人間関係を一番大事にする形での、
カミングアウトでよいと思う。
少しづつそれが広がって、世間の認知度が高まっていけば、いろんな偏見や差別が
なくなっていくんじゃないのかな。
私がカミングアウトしてくれた人に対して思ったのは、
とても嬉しい!私のホントにホントに近くに来てくれたんだと感激した。
そしてその人のことをもっと、もっと好きになった!
ホントにありがとう!の気持ちでいっぱいです。(*^_^*)

この本の中の春野先生が自分の生徒さんに告白されて、お返事を綴ったものが掲載されているのですが、
まさしくビンゴ!
私が常日頃思っていることと、この先生が書かれていることがまさしく一緒で嬉しかった。
「自分の中のマイノリティを自覚し、それを大事にし忘れない生き方がしたい。」
先生は、日本ではカトリックとプロテスタントを合わせても1%程しかいない熱心なクリスチャン。
このこと自体マイノリティであるが、マジョリティはマイノリティを(この区別をつけた言い方すら
私はあまり好きではない)批判し区別する傾向がある。
だけど、自分の内のマイノリティって誰でも持っているんじゃないのかな。
それを意識する人とそうでない人がいる。
私のマイノリティって何?と人に問われると、うまく説明できないんだけど、
自分の内にある特異性、人とは違う部分を大事にして生きていきたいって思う。
形にするとしたら、それは自分が書いている小説に現れているのかもしれないし、
自分ひとりで何かする行動に現れているのかもしれない。
何となくこの世の中は生きにくい。そう思って悩んだ時期があった。
具体的にはここには書かないけど、こうやって思うこと自体、マジョリティが権利を有し、
一般的だといわれている世の中に、何となく沿うことが出来ないマイノリティ性を
自分も持っているんだなあなんて自覚する。
だけど、自分の内のマイノリティを見つめ、それを肯定し、世の中と繋がっていこう、
人と繋がろうとすることは、自分の内のマイノリティを大きな素晴らしい力に変えていく
ことができるんじゃないかなあ。
それは、とっても勇気がいることだけど、ホントにホントに大変なことだと思うけど、
だけど、私自身を含め、きっとみんなみんな素敵な人で、そんな可能性をみんな秘めている。
そう思っています。
ひとつずつ、ひとりずつ、自分と向き合ってくれる人を探し、大事につき合い、
自分の人生を豊かにしたいですね。

あと、春野先生が書かれていることで、
LGBTに限らず、今広く世の中の人が当たり前に享受している「人権」という考えは、
権力やマジョリティから虐げられるか、無視されるかしてきた弱い立場の人たちが、
少しずつでも声をあげ、運動を続けてくれたおかげで得られたもの。
このことに、マジョリティと呼ばれる人たちは目を向け、感謝をすることを忘れないでいきたいですね。

もし、周りの人で大事な事を自分に教えてくれた人がいたら、その人のことを大事にしてあげてください。
その人が告白したものは、形こそ違えど、絶対自分の内にもあるものなんです。
これだけは、はっきり確信しています!
マイノリテイ=自分らしさ!

(注)LGBT=レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの総称
マイノリティ=少数者
マジョリティ=多数者
posted by モグラン at 13:30| Comment(4) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

あなたがおばさんに見える時

突然ですが、私はおばさんのお尻があまり好きではない。
こんなことをいうと、世のナイスなお尻を持つおばさんや、
『おばさんお尻愛好家協会』の皆さんに大パッシングをされてしまいますが、
(いや、こんな協会ありませんけど(^_^;))
お肉がこそげおちたお尻や、セルライトでぶよぶよになったお尻・・・
まあ、ひとのお尻なんぞどうでもいいんですが、
これはやめて欲しいと思うのは、
人様の方向へお尻を向けること。
どうして、(一部の)おばさんたちは、物を取ったり、玄関先で靴をそろえたりする時に、
人の方へお尻をむけるのでしょう?
ぷりぷりの若い女の子のお尻や、筋肉で引き締まったムキムキお兄さんのお尻ならいざ知らず、
あのおばさんのお尻はアップで見たくない。
ひどいのは温泉や銭湯の大衆浴場である。
(一部の)おばさんたちは湯船へ入るとき、こっちにあの大きなお尻をアップで向けて出入りしたりする。
そんなおばさんのお尻攻撃にあった時は、げんなりして、サウナ上がりのコーヒー牛乳を一杯やる気力さえなくなってくる。

人の方向へお尻を向けないように気をつけるとか、壁などの方へ背を向けて湯船に出入りするとか、
そういう気遣いが欲しい。

おばさんがおばさんである由縁。
私ももう、押しも押されぬおばさんですが、おばさんの雰囲気をかもし出さないように、
(外では)気をつけているつもりです。

あと、おばさんっぽいしぐさ。ベスト3

1・腕組をする


交差点などで信号待ちをする時腕組をして待つ。これ、おばさん度高しですよ!

2・スーパーの袋を指でなめて開ける。


これついやっちゃうんですよね。

3・腰を落として物を拾わない。


なぜか腰を落としてやらない。ので、お尻を人様に向けてしまう格好になってしまう。

ああ、私も気をつけなくっちゃ。

・・・・・・

でも、


・・・・・・

おばさん〜っっ!人に尻向けんなよ〜(怒)
posted by モグラン at 14:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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